古都の老舗 反物買取専門店京都きものセンター

会社概要

●当社の沿革を説明するにあたり…
京都きものセンターは、長年京都で呉服に携わってきた老舗です。
弊社では毎年「祇園祭」において着物・反物の大売出しを行っておりますが、
その際は「竹田屋」という看板を掲げて売り出しを行っております。
これは京都きものセンターの屋号が「竹田屋」であるためです。
当社の沿革を説明するにはまず、
「竹田屋」の由来となる「竹田城」の歴史を紐解く必要がございます。

●竹田城跡について
竹田城は、現・兵庫県朝来市に中世に築かれた山城です。
中世の伝統的な築城スタイルで、要塞としての機能を備え、
山頂に築かれた歴史あるお城です。
虎が臥せているように見えることから
「虎臥城(とらふすじょう・こがじょう)」とも呼ばれています。

但馬地方では11月から12月にかけてのよく晴れた日に朝霧が発生します。
この雲海に包まれた姿は、天空に浮かぶ城を彷彿とさせ、
「日本のマチュピチュ」と称されます。
そのため観光シーズンには多くの人々でにぎわいます。

現在竹田城跡は国史跡に指定され、
平成18年には日本城郭協会より「日本100名城」に選ばれました。
また、平成24年に竹田城跡が「恋人の聖地」として認定されました。
今では若いカップルたちも多く訪れています。

●竹田城主と当社の縁
山名宗全が竹田城を築城したのち、
竹田城には歴代さまざまな城主が赴任してきました。
竹田城最後の城主・赤松広秀は、関ヶ原の戦いでは
西軍につき、のちに、徳川家康に攻められ、
鳥取で自刃してしまいます(慶長5年、西暦1600年)。
広秀の息子が京都北部に難を逃れ、
現代の当社社長がその子孫にあたります。

●屋号「竹田屋」について
竹田城城主であった赤松広秀を一代目とし、
五代目の頃(文化年間)にはすでに「竹田屋」の屋号が使われていました。
そのため「竹田屋」という屋号は江戸時代文化年間(1804年-1818年)より続く、
たいへん歴史ある屋号です。

ミニギャラリー


(左)特別時の看板(中)竹田城主の子孫であることを示す掛軸(右)祇園祭の特別店舗

   
(左)弊社社長宅に代々伝わる洛中洛外図  (右)五代目と六代目当主に関する文献